はじめまして、渓流料理おそうざい・ギフトのお店『渓流食堂』のWebサイト担当、直樹(弟)です。

2018年の10月から開店の準備を始めていたのですが、ようやくオープンすることができました。

この初めの投稿はどんなことを書こうかなと色々迷ったのですが、当店(弊社)のこれまでをお伝えしながら、どんな想いでこのサービスを始めたのかを書いていきたいと思います。

かつては賑わう湖畔のレストラン

当店は実は私が生まれる少し前、今から約30年ほど前にレストランという形で運営していました。川魚の養魚場をやっていた先代(僕のおじいちゃん)が東京にいた父にラブコールして戻って始めたのがきっかけです。

山の冷たい水でイキイキと育ったイワナやニジマスなどを使い、工夫を凝らした様々な渓流料理は、地域や県外の方からも愛されていました。僕もお客さんが家の中にいっぱいて、わいわい料理を楽しそうに食べているところをおぼろげながら覚えています。

先代が倒れたのをきっかけに閉店。

ところが、先代が病に倒れたのをきっかけに惜しまれつつもレストラン『梁山泊』は閉店してしまいます。数年後、養殖場を継いだ父や母は地域からオファーをもらい別の場所でまたレストランをはじめます。僕も小学生になり、姉と一緒にお店を手伝ってました。都会からいらっしゃるお客様にとって父や母のつくる川魚料理はきっと驚きに満ちていたと思います。”ごちそうさまでした!”と笑顔でおっしゃってくださるお客様の背中を”ありがとうございました!”と送り出す時は誇らしかったです。

しかし、僕がちょうど高校を卒業する頃、約12年前にこのレストランは惜しまれつつも閉店しました。

やり場のない想い

その後は養殖場のみに絞って営業を続けてきました(一時他の場所レストランもやっていました)父や母も本当は「もっと渓流料理のおいしさを知ってほしい」とやり場のない思いを抱えながらも「このまま養魚場だけを続けてそーっと店終いにしよう。」と決めていたようです。

僕と姉は幼い頃から父や母のつくる料理を間近でみて、毎日のように食べてきました。飲食店も養魚場も体力のいる厳しい仕事なのは知っています。だけどたくさんのお客様が彼らの料理を食べて笑顔になってお帰りになっていったこの料理がこのままなくなってしまうのは、もったいないというか虚しさを感じていました。

もう一度あの料理を

去年(2018年)の夏、僕が東京から帰ったときのことです。東京で外食の多かった僕は 「これ東京で食べられたらいいのになぁ~」 と素直に両親の作る渓流料理に感動したのです。

僕自身もこのまま関東を拠点にしてていいのかな?もっと身近な人や物事を助けられるようになりたいなと迷っていたので、思い切ってもう一度新たな形でこの渓流料理をやってみないかと声をかけることにしました。

はじめは冗談で言ってると思ったみたいなのですが、徐々に本気や熱意が伝わったのか今度は全国にその味をお届けできるオンラインショップとして再開することが決まりました。

10年以上関東や海外に出ていた僕も地元に戻り、姉も含め、家族四人と新たな挑戦が始まります。

両親から事業や技術を継承しつつ、発信を通して彼らが培ってきた技とノウハウが詰まった「渓流料理」を通して笑顔あふれる食卓を届けたいと思っています。

喜びの声をぜひお聞かせください。

僕も姉もできれば皆さんが食べたときの感想や様子をできれば父や母に見せてあげたいなと考えています。きっと彼らが続けていく勇気になると思うのです。

どんな些細なコメントでも構いません。 もし当店の料理を食べたらSNSやメール、ハガキ等で”幸せの声”をお寄せいただけたら幸いです。

今後とも渓流食堂をよろしくお願いします!